弘法大師ゆかりの湯と秘説の湯(山梨周遊編) 第2回

※平成17年発刊の「弘法倶楽部」第3号に掲載されていた記事を、基本的にオリジナルのまま掲載しております。一部編集箇所等はございますが、現在とは異なる箇所がございます点、予めご了承ください。

※今回の舞台は城山温泉が中心になります。現在は廃業しています。そのため幻の紀行になってしまいました。

うどんで重くなったお腹を引きずり、再び都留市の中心部にもどる。都留市駅から城山温泉までの間は都内の私鉄沿線の駅間くらいしかない。
市街地を抜け、線路と平行して流れている小さな川に沿った道をふわふわした気分で歩く。路肩には掻き分けた雪が残っているが、空は冬晴れで幾分ぽかぽかしている。
川は道と住宅のあいだを流れており、大きな溝という感じだが、上の方からの雪解け水が多いのだろう、結構澄んできれいな流れだ。
冬の田舎町の空気にほのぼのしていると間もなく谷村町の駅前に着いた。都留市駅を一回り小さくしたような駅ロータリーがあり、周りは飲食店が三~四軒と自転車屋が一軒。都留市の南のはずれの町という感じ。

ここから城山温泉までは徒歩約六分。実はこの六分の間で驚くほどロケーションが変わるのだ。駅の表側はロータリーから始まる町だが、裏側は桂川という渓流が流れており、それが深い谷を造っている。
温泉へはまず踏み切りで線路を跨ぎ、かなり急な下り坂を渓流に向かって下りて行く。あっという間に人家が途絶え、一歩一歩の度に周りの風景が変わっていくのが分かる。徐々に渓流の音が耳に大きくなってきた頃に城山温泉のえんじ色の屋根が見えてくる。
最初に訪れた時はこの変化に多少驚いたが、もう五回目ともなるとむしろ “変化を楽しむ”という感じだ。道は下り切った先が桂川に架かるつり橋となり、一軒宿「城山温泉」は橋の手前、桂川の畔にひっそりと建っている。

道を挟んで宿の反対側に小さな広場のような所があり、私は必ず宿に入る前にここで一服してしまう。なにより桂川に架かるこのつり橋がよい点景になっており、橋の上から眺める渓流も素晴らしい。広場の脇の斜面に踏み固められた小道を降りると、すぐ河原にたどり着ける。
冬の雪解け水の混じった水はかなり冷たいが、春から秋にかけての渓流解禁期間は、良型のヤマメやイワナ、ニジマスが狙えることで、多くの渓流マンで賑わう。
ただそういった時期になると、必ずこの渓流にもいたる所にゴミが投棄されているのが目に付くようになってしまう。一部の心得られない者の仕業と言ってしまえばそれまでだが、これは釣りに限らず山登り・秘湯めぐり・キャンプ等いろいろな分野で共通している。

何かがブームになり、それにより地域や分野が活性化するのは素晴らしいことだが、そうなると必ずと言ってよいほどヘンなヤカラがブームに乗じて混じってくる。一時期話題になってしまった登山ブームから発生したゴミ投棄問題や、尾瀬の水質汚染によるおばけ水芭蕉問題など、あまりいやな言い方はしたくはないが、やはり困ったものだ。
まあ様々な思いや憤りも交錯してしまうがきりがない。今の私は只々この美しい渓流が年間を通じてこの景観のままでいて欲しいと思うだけである。
野口冬人が城山温泉について書いた文章での冒頭はこうである。
「桂川に面した城山温泉は、小さいが庶民的で気の置けない「知る人ぞ知る」湯宿である。出張に利用する人、行楽帰りによる人、温泉だけを楽しみにくる人、釣果を誇って一浴して帰る人…さまざまな人がこの宿を訪れている。」
なかなか言い得て妙である。

創業が昭和三十五年。先代がボーリングして単純温泉、十五度の鉱泉を得たのを機会に開いた鉱泉宿で、建物は内装も含めて往時のまま。はっきり言ってかなり古びている。実際、一番最初訪れた時も正直「ここ大丈夫かなァ」と思ってしまったのを憶えている。ただ後で聞くと常連さんから、「昔のままでいて欲しい」という要望が多いことが分かってきた。そしていわずもがな、気が付いたら私もすっかりその一人になってしまっていたようなのである。
玄関に入り、客が釣った魚の魚拓などがかけられているフロントから、「ごめんくださーい」を一発。今日は一発でお馴染みの女将さんが出てきてくれた。「まあまあ、いらっしゃい!」M氏も一回訪れているので、ちゃんと覚えてくれている感じである。

宿はこの女将さん夫婦を含めた家族経営で、家族揃って世話好きで心温かい人物。特に女将さんは、自分の宿に対する考え方が謙虚でかつしっかりしていて、この女将さんを慕って常連さんになっている人も多いそうだ。
玄関を含む母屋が木造二階建てで、二階は宴会も出来る広間になっている。母屋を縦に走っている風情ある廊下を歩いていくと、母屋を出た後ろに、八畳間と六畳間の客室が十室。それが平屋と二階建ての建物、計七棟に分かれていて、石畳と屋根の付いた廊下で結ばれている。
それぞれの部屋に玄関がついているから、離れ形式といってもいいと言える。離れと言うとなんだかお偉方が泊まる高級宿のように聞こえるかもしれないが、自分としては(もちろんいい意味で!)昭和三十年代の長屋という風に見えてしまう。自分がよく泊まる宿の中でも、こんなカンジは他にはない。これらの要素一つ一つに自分は惹きつけられているのだろうと思う。

あやめ、ぼたん、もみじなどの名称がそれぞれの部屋に付けられていて、今回もお決まりの「ききょう」に通される。部屋がまた素晴らしい。当然非常に古いが、窓を開けると小さな庭を挟んで桂川の河原はすぐそこである。縁側から庭に出て、そこで即釣りもできそうだ。
ぼんやり外を眺め、なーんにもしない贅沢な時間を楽しむ。なんにもしてないようで、実はこんな時間に様々なイマジンが湧いてきたりするから不思議だ。脳みそがリラックスしているのが自分でもよく分かる。とにかく至福の時間であることは間違いない。
到着が割りに早かったこともあり、しばらくM氏共々部屋でなんにもせずのんびり過ごし、そろそろ風呂へ。浴室は一旦母屋へ戻り、廊下の途中にある。風呂は岩をふんだんに使ったひょうたん型の浴槽がある。冷泉を加熱しており、ひょうたんの半分は高温、もう半分は低温と二種類の温度に分かれている。大きくとった窓の外は桂川の流れ。なかなかの展望風呂だ。単純泉でゆっくり入っていると身体の芯まで温まる。湯治温泉としての評判もよく、リウマチス、神経痛、腰痛、胃腸病などに効果があるという。まあ今回の旅のプロローグの湯ということで、存分に堪能する。大満足の湯であった。

贅沢な時間はあっという間に過ぎ、夕食の時間。
この宿は家族経営でかつ部屋は離れにもかかわらず、すべて部屋食である。一旦外へ出て大変であろう。敬服する。
また、桂川でとれた新鮮な川魚が焼きたてで出るのだ。M氏ともども楽しみに待つ。彼は例によって昼間のうどんはすっかり消化してしまい、極限の空腹状態のようである。

やがて、宿の娘さんが夕食を運んできた。岩魚の塩焼き、山菜のてんぷらなど、すべて焼きたての揚げたてである。まずはビールで乾杯する。
片っ端から食べて片っ端から「うまい、うまい!」決して高級な料理ではないが、一品一品がすごく丁寧で心もこもっている。
しばらくして、娘さんは追加の品を持ってきた。でかい皿だ。それをみて驚いた!なんと巨大なずわいがにが、丸ごと一杯乗っかっているのだ。これにはM氏も目を丸くした。

しかしなぜ「山はあっても山梨県」の宿に“かに”が…?いやいや、今はそんなヤボなことは考えまい。素直によろこび堪能しよう!
しかし〝かに〟をみるとM氏は大変だ。実はM氏は周りの人間から「かにの天敵」とか「かに喰いザル」とか言われるほどの〝かに好き〟である。彼は年に一回北海道に旅行しているが、「北海道のかにを全種食い尽くす」とか言っているくらいだ。私は多少気遣い、足三本くらいで我慢して彼に譲り気味となった。
彼は至福の表情で〝かに〟と対決している。よくみると彼の前歯はやや出っ歯であり、それがまた構造上、かにの身肉を効率よくそぎ落とすのに適しているのではないかとも思われる。
まもなく巨大な〝かに〟は、すっかりカラだけの姿に変わっていた。後から女将さんから聞いたら「たまたま、横のつながりでいいのが入ったから出してみました。」ということであった。

翌日、空は引き続き快晴。窓の外の桂川が運んでくる心地よい冷気が目を覚まさせる。一応予報では今回の行程中は好天に恵まれる予定。普段のおこないが、そんなにヨイとも思わないが…、まあ悪くもないのだろうか。
寄り道はこれで一応終了。今日はM氏と別れて甲府経由で下部へ向かう。その前哨戦として充分英気を養ったつもりだ。
しかし改めて城山温泉は本当によい宿である。今回が五回目なのだが、近場ということもあり、また気が付いたら訪れていることだろう。
別れ際、女将さんとM氏共々昨晩の〝かに〟の話題で盛り上がった後、今後も変わることなく頑張っていただくようお願いし、城山温泉を後にした。
今年の10月の終り頃、この記事を載せた「弘法倶楽部 第3号」をお渡しするため、女将さんに宿泊予約の電話をしたところ、ショッキングな返事か返ってきてしまいました。
「私共城山温泉は今年の10月いっぱいをもって廃業することになってしまいました…」
建物の老朽化に伴い、観光旅館としての安全性に問題が出てきてしまった。ただ責任上それをうやむやにして営業することはできない…。また、跡継ぎの問題等を考えても、総建て替えするのは不可能。
という覆しようのない理由だそうです。

先日10月29日「弘法倶楽部 第3号」をお渡しするために訪れたのが、最後の訪問になりました。
記事を読んだ女将さんにはたいへん感激していただいたのが、自分にとってもささやかな喜びとなっております。
今さら「残念だ」とか「なぜ?」とか言うつもりはありませんが、寂しさは隠しようがありません。
ただ、この場をかりまして言いたいと思います。
今まで、素晴らしいお湯と、至高の時間(とき)をありがとう!

ドラケン 石原

投稿者プロフィール

ドラマー兼温泉紀行ライター。
ドラムを叩きながら独自の視点で温泉を語る。

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