西武新宿線の車窓を圧倒! 沼袋氷川神社

1988年、昭和天皇在位60年を記念して作られた社殿が、わずか1年数か月後、過激派によるゲリラにより焼失してしまったという悲しい過去を持つ氷川神社。

西武新宿線の車窓からよく見えることで、沿線の人には馴染みのある神社といえます。

東京の中野区内でも大規模を神社になります。

歴史のある神社で創建は南北朝時代まで遡ります。
97代・後村上天皇の正平元年(光明天皇の貞和2年)に、武蔵国一の宮である大宮(現在のさいたま市)鎮座氷川大社から分霊され、祀られたことに由来するようです。

文明9年(1477年)、太田道灌と豊島氏との間で行われた江古田・沼袋原の戦いの際には、この神社に太田道灌が陣営を置いたと言われています。その際に戦勝を祈願して境内に杉の木を植えたと言われています。

これが「道灌杉」と呼ばれ、高さ30メートルほどの大木となり、長く親しまれてきましたが1942年に枯死していました。

しかし境内には別の松があります。「三本願い松」です。

「悪しきことはスギ去れ、願い叶うをマツ」と杉の木に願いを掛けて、不運・災難から逃れ松の木に幸福を願うと、必ず叶うと信じられて来たというものです。森や林、木々という日本人が自然の恩恵や営みに日常的に触れていて、木に宿る魂に対する謙虚な姿勢が見て取れます。

また、中野区内では七福神の礼拝ができる唯一の場所です。比較的新しい中野七福神です。
平成21年に天皇陛下御即位20年並びに天皇皇后両陛下御成婚50年を記念して境内に奉齋されたものです。
このときには過激派によるゲリラの被害はなく、今では参拝者に親しまれているようになりました。

西武線の車窓から見るのと違い、実際に境内に足を踏み入れてみると、かなりの存在感があります。
下沼袋村の鎮守でしたが、今では中野区だけでなく、より広い地域から参拝者が訪れるだけのパワーがあります。
都会の神社ではあるものの、境内も広く、落ち着いた気分にさせてくれる「気」と、悲しい悲劇に見舞われた過去の傷跡を感じる不思議な神社です。

東京都中野区沼袋1−31−4

オットー・ヤーパン

投稿者プロフィール

ヌミノーゼ巡礼管理人兼巡礼者。
弘法大師入唐求法1200年を契機として、世界各国の様々な聖地に赴き、そこでのヌミノーゼ体験によりこのページを開設。

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