天狗の原型・猿田彦大神像のインパクト! 武蔵野神社

東京の小平市は東西を青梅街道が貫いています。
片側2車線の新青梅街道と異なり、青梅街道はのどかな印象を持つ道路です。

そんな青梅街道沿いに真っすぐできれいな参道が印象的な神社が鎮座しています。
武蔵野神社です。

武蔵野神社の起源は、野中新田開発のときにさかのぼります。
上谷保村(現在の国立市)の円成院住職大堅と矢沢藤八らは、新田開発に当たり全開墾地を12等分し、その1つを社地と寺地にすることに決めました。
新田開発の基礎ができた享保9年(1724年)に、上谷保村から毘沙門天を村の鎮守として野中新田に遷宮したのははじまりといわれます。

それ以来、円成院(小平市花小金井)が管理していましたが、明治維新の際に分離独立しました。
この際、末社として祭ってあった猿田彦大神を村鎮守に祭祀して、社号を「武蔵野神社」としました。

そしてこの武蔵野神社で最もインパクトのあるものは、拝殿の横になる猿田彦大神像です。衝撃的な出会いという感じになります。
天狗の原型ではないかともいわれる猿田彦命ですが、庚申や道祖神などにも関係していることから、交通の神様という位置づけがあるのかもしれません。

また相殿で祀られているのが建御名方命で、力持ち・武勇・農耕などの神様とされています。

場所は昭和病院のすぐ近くです。そのためか小平市民だけでなく周辺市町村の人もこの神社の前を行き来することは多い場所といえます。しかし改めて参拝する人は、それほど多いとは思えません。
しかし迫力のある猿田彦大神像を目にするだけでも価値ある神社です。

小川市花小金井8-26

オットー・ヤーパン

投稿者プロフィール

ヌミノーゼ巡礼管理人兼巡礼者。
弘法大師入唐求法1200年を契機として、世界各国の様々な聖地に赴き、そこでのヌミノーゼ体験によりこのページを開設。

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